経済・政治・国際

2009年9月 2日 (水)

政治家の本音がみえる発言

あまりにおもしろい(腹が立つ?)ので、コメントしておきます。
自民党と民主党の国会控室をめぐる、ちょっとくだらない争い。下記の新聞記事の最後が、おもしろい(情けない? 哀しい?)のです。

国会控室も争奪戦 民主「正面側明け渡せ」、自民は抵抗(asahi.com)

自民党の幹部が「引っ越し経費が数千万円以上かかる。こういうご時世だからやるべきじゃない」とおっしゃっているようです。
驚きです……というか、本気であきれました。怒りと、あまりのバカらしさに、怒るべきか笑うべきかを迷いました。
選挙前の自民党の主張から考えれば、「こういうご時世」って、たぶん、景気がすごく悪くて、実効性のある景気対策が不可欠な時期って、話のはずですよね。だったら、「こういうご時世だから、少しでも景気対策になるように、数千万円を喜んで引越に使う!」とおっしゃるべきではありませんか?
仮に、環境対策を重視して、「温暖化に貢献するから引越はしたくない」という論理ならまだわかるのですが、そういった主張をしてきたわけではありませんよね。
何よりも景気対策が大切と強く主張し、国民から集めた税金を無理矢理(ムダな経費をたっぷりかけて)、定額給付金として国民に手渡して、国民に対しては「とにかく、カネを使え!」と訴えてきた政党・政治家が、自分たちのこととなると、まったく反対のことを平気で言い放つ。ひどいものです(朝日新聞も、そこは突っ込んでほしかったです)。
「不況に苦しむ国民のために、景気対策をしなくては」なんて、本当はこれっぽっちも考えていなかったことが、あっさりとバレてしまいました。この政党に限らず、政党や政治家はそういったものかもしれません。でも、ここまで本音で開き直られると、さすがにイヤになります。
ということで、忙しくてこんなこと書いている場合ではありませんが、つい書いてしまいました。

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2008年12月15日 (月)

学生の就職活動における地域格差は深刻化している

一番忙しい時期が終わったところで、疲れがじわじわと実感されたため、ついブログの更新をサボっていました。申し訳ございません。

私は、体調が悪いほど「休んだら飯が食えない」と考えるタイプ、ある意味では貧乏性なので(仕事を休んで体調を整えようといった精神的なゆとりがないので)、忙しいときには無理が利くのですが、その忙しさがやや落ち着くと、急に疲れを実感してしまいます。

それで先週の1週間は、予定されていた用事をこなしていたら、すぐに終わってしまった感じです。体調はほぼ回復しました。

以前出した「練習問題」にお答えいただいた方へのコメントは、数日中に書くつもりですので、あと少しだけお待ちください。

2日前の土曜に子供の幼稚園の劇発表会をみて、週末を広島ですごしたあと、朝から新幹線に乗っています(これも新幹線の中で書いています)が、いつもとちがって、大阪で降りる予定です。

難波のヤマダ電機に行ってから、大学院(博士後期課程)の同級生が勤めている四天王寺大学に行って、講義をします。

大阪といえば、先週の木曜の3年生のゼミ(経済演習)の時間に、ひとりの学生が欠席し、大阪で就職活動をしていました。その夜のゼミコンパには出席していたのですが、名古屋などの東海地域の学校に通いながら全国規模の大企業を就職活動で回りたいという学生にとって、3年生の秋から大阪や東京に行くのは当然のことのようです。

東海地域からは数名の学生しか採用しないという大企業も多く、そうなれば、名古屋などでセミナーや面接をやってくれないのも仕方がないことでしょう。

昔は、もっと多くの企業が名古屋でも面接をしてくれていましたが、就職(企業からみれば、採用)活動の期間が長期化しましたので、名古屋をふくめた「地方」で何回も面接をおこなうことが、予算や人員の面で無理になったのでしょう。大部分を東京と大阪でおこなう企業が多くなりました。

学生から「1回目の面接を受けるにも、東京か大阪に行く必要がある」という声をよく聞きます。もちろん、そういった面接に行くのにかかる交通費は、ほとんどの場合、学生の自己負担になります。

20数年前、私が名古屋で就職活動をしていたころは、せいぜい最終面接だけが東京・大阪という企業が多く、最終面接の交通費は企業が出してくれました。私が自費で東京に行ったのは、日本銀行の面接だけでしたが、自費で行ったのに、まともな面接はしてくれずに、私のゼミの先生が書いた本の悪口だけをずっと言われ、最後になって「つぎは名古屋で面接を」と言われましたが、そのあとは行きませんでした。

話が脱線しましたが、現在も業界によって差があり、名古屋でほとんどの面接を受けられる大企業もなくはありません。代表的なのが、ここ数年大量に学生を採用していたメガバンクです。

とはいえ、別の3年のゼミ学生が、今月上旬にメガバンクのインターンシップに参加していましたが、約1週間、朝8時から夜10時までやっていたそうで、その間、大学には一切通えないことが当然の前提になっていることが、すごい。大学の教育なんて、まったく無視という姿勢が……

私たちのころは、就職活動よりゼミなどを優先するのは当然のことで、採用側でリクルーターをしているときも、そう思っていました。学生のときは「その時間はゼミがあります」と言って、面接の時間を変えてもらっていましたし、リクルーターのときには、「ゼミを休んででも面接を受けます」と話す学生がいれば、かなり低く評価していました。

隔世の感がありますね。

まあ、学業よりも就職活動が優先されるのには、大学教育側の問題も多いので、企業や学生にお説教をするつもりなどありません。むしろ、この問題では大学側が一番悪いと思っています。

誰が悪いかはさておき、いま深刻なのは、就職活動をする学生の地域格差です。名古屋の大学に通う学生が、全国規模の企業を中心に就職活動をしようとすると、昨年までや今年の春のように、かなり順調に就職活動ができたときでも、たとえば50万円程度の交通費がかかったという話を、学生から聞きます。

しかも、景気の急速な悪化で、就職活動が長引く学生の比率は高まりそうです。そうなると、東京・大阪の大学に通う学生に比べて、地方(この問題では、名古屋もこの分類にふくまれる)の大学に通う学生は、経済的に圧倒的に不利になります。

企業はコストを削減したいので、学生が名古屋で面接を受けられる機会は平均的には減りそうですし、そもそも、採用予定数が大幅に減る。他方で、優秀な学生の取り合いは続くので、やたらに長期化した就職活動の期間が短くなるとは考えにくい。アルバイトの時給が下がったり、親の所得が下がったりといった問題も生じやすい。

とにかく、地方の学生は、就職活動のうえですごく不利になっています。はっきり言えば、地方では、金銭的に豊かでない学生は、大企業に就職するための活動すらできない状況になっているのです。

就職活動の長期化・早期化(3年の秋開始は当然で、ひどければ3年の夏から始まること)については、学業との関係で批判する声をよく聞きますが、それより、地域格差の観点から問題視すべきでしょう。

昔のように、就職(採用)活動は4年生の夏から開始ということにして、企業側で浮くコストや人員を、地方での面接に回すといった解決策が求められる、と私は考えています。

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2008年12月 8日 (月)

引っかかった若者を本気で救いたければ、「加害者になり損なった被害者」と報道してほしい

今朝のNHKのニュースで、消費者金融のカードをつくるだけでおカネ(たとえば5万円)がもらえるというアルバイトをした若者が、結局は多額の借金を負わされてしまうという話を特集していました。

勧誘した人間がそのカードで限度一杯の借金をして、そのおカネを持って逃げてしまうのですが、しばらくは返済をしているため、問題がすぐには発覚せず、おいしいアルバイトだと思った若者が口コミで友人を勧誘し、引っかかる若者が増えたとのこと。

もちろん、若者たちは「自分たちが借金を返す必要はまったくない」と説明されていて、それを信じていたので、ただ単に最初の報酬(たとえば5万円)ぶんだけ儲かるアルバイト、と信じていたわけです。

NHKのニュースでは、これに引っかかった若者のことを、終始「被害者」と呼んでおり、弁護団が「その若者たちは被害者だからという理由で、消費者金融側に金利の引き下げなどを求めている」といった趣旨の説明もありました。

私は、今回のニュースが十分に社会的に意義がある報道であったことを評価しています。そのうえで、さらにもう少し改善してもらいたいことがありましたので、ここに書きます。

この報道には、もし本当にこういった犯罪を防止したいのであれば、絶対に説明しておくべきことが抜けていました(それがわかっていても、そういった説明をしにくい事情は十分に斟酌できますので、やや無理なお願いをしていることも十分に承知しています)。

自分では一切借金の返済をしないつもりで消費者金融のカードをつくって、それを他人に渡してしまうのは、立派な犯罪だという点です。

もし本当に、他人が借金をして、その他人が返済もするのだとして、その際に自分のカードを使わせるのは、消費者金融の審査をごまかす行為に手を貸しているわけで、何らかの試験を替え玉となって受験するようなものです。替え玉受験なら、誰かの代わりに受験した人こそが犯罪者として報じられます(つい最近もありましたね)。

厳しい言い方をすれば、引っかかった若者は「加害者(共犯者)になり損なった被害者」です。

批判を覚悟でこのように書くのは、こういった報道では、この点を強調しないと、つぎの被害を防ぎにくいことが明らかだからです。

あとに述べるように、引っかかった若者を救うためにも、そして、別の若者が引っかかるのを防ぐためにも、「加害者(共犯者)になり損なった被害者」という認識は大切だと考えられます。誤解しないでいただきたいのですが、「加害者(共犯者)だから救わなくていい」などと主張するつもりは決してないのです。

だって、大人の男性から5万円をもらって援助交際をする少女に、援助交際をやめさせようとするときには、少女のほうにも「それは悪いことだから、やめなさい!」と言いますよね。それと同じようなものです。

以上の論理からすれば、消費者金融に対して「若者は被害者だから金利を下げてくれ」と要求するのは、明らかにまちがいです(あとに述べるように、要求していることではなく、根拠にまちがいがあると考えられます)。

消費者金融側にも問題がある可能性がありますから、その点を理由に、返済を軽減する交渉をすべきだとは思いますし、実際に、弁護団はそういった交渉をしているのかもしれません。

私がおかしいと感じたのは、ニュースが「若者は被害者だから」という論理だけを紹介した点です(これも仕方がないことはわかっているのですが)。

自分では借金をしないつもりで、つくったカードは他人に渡すつもりで、消費者金融の審査を受けてカードをつくるのは、明らかに「審査をごまかす意図があった」と考えるべき行為です。

私も、感情的には消費者金融は好きではないので(私が金融機関全般を敵に回して批判していることは、拙著などをお読みいただければ明らかだと思いますが)、消費者金融側の肩を持ちたくはないのですが、論理的には、今朝のニュースでの解説が最初の段階でのつぎの構図に触れていないのは、バランスを欠いています。

最初(カードをつくって、それを他人に渡して、その他人が借金をするまで)の段階では、「被害者」は消費者金融のほうで、若者は加害者側の「共犯」です。

だから、本当は信用度の低い人間が借りていた借金なのに、それより信用度が高い若者が借りることを前提にした金利になっていたとすれば、消費者金融側が「より危ない借金だとわかったから、より高い金利を適用したい」と要求するとしても、それは理にかなったことです。

ただし、論理的には上記のことが正しいとしても、感情的に納得できないとの気持ちはよくわかります。また、結果として、引っかかった若者は損失を被り、被害者になっています。私が「加害者になり損なった被害者」と表現したのは、こういった理由からです。

でも、引っかかって結果的に被害者になった若者を本当に救いたいのなら、まず正しい事実認識をしたうえで、説得力のある救済の論理を考えるべきです。それが弁護や報道の専門家の力量ではないかと……

私が、弁護側や報道側の人間として、引っかかった若者を救いたいのなら、まったく別の論理を強調するでしょう。

他人に頼まれて安易にカードをつくって他人に渡すという行為は、かなり前から蔓延しています。その結果として、安易につくった人が自分では借りていない借金を負わされるというのも、お決まりのパターンです。

しかも、審査の際に消費者金融側がそれに薄々気がついているときでも、きっと、消費者金融側はカードをつくってしまうのではないかと想像できます。無理をしてでも貸出を伸ばしたいからです。その辺りは、きちんと取材すれば、いくらでも証拠が出てきたと思われます。

今朝のニュースでは、こういった犯罪が拡がる原因をいくつか説明していて、すごくわかりやすかったのですが、あとひとつ、「消費者金融側にも原因(問題)があった」のでなければ、これほど拡がったりしないという視点が、残念ながら欠けていました。

たとえば、「他人にカードを渡すと犯罪になるから、それで自分が借りていない借金を返せと言われても、誰も助けてくれないよ」といったことを、カードをつくる段階で消費者金融側がきちんと説明しておくべきだったのに、それが不十分だった可能性はかなり高い。

この点を指摘して、引っかかった若者の返済義務を軽減する交渉はすべきでしょう。

また、被害者としての消費者金融側を完全に救済してしまう(カードをつくった本人に全額返済の義務を負わせる)と、消費者金融側にはこういった犯罪を防ぐインセンティブ(誘因)が働かないという点は、重要な問題点です。

だから、犯罪防止の観点から、こういったケースでは、消費者金融側にも一定の負担をしてもらい(そのぶん、引っかかった若者の返済を軽減してもらい)、それによって、消費者金融側にもこの犯罪を未然に防ぐ努力をしてもらうという、制度的なしくみが必要だという話なら、私も納得できます。

結局、感情的には嫌なことでも、「引っかかった若者も犯罪者(共犯)」で「被害者は消費者金融」という前提をきちんと認識して、そのうえで、立場上は「若者=弱者」で「消費者金融=強者」なのだから、何とか若者のほうを救ってあげたいという話をすべきなのです。

そして、その覚悟がない報道は、むしろ犯罪を助長する危険性があります。援助交際で5万円をもらえば非難されるけど、消費者金融の審査でウソをついてカードをつくって5万円をもらっても、犯罪の加害者とは言われず、むしろ、それで少しでも被害があれば同情される、というメッセージとして受け取る若者も、残念ながら、少なからずいるでしょうから。

本気でこの手の犯罪を防止したいのなら、もっと覚悟をもって、事実認識は論理的にすべきです。

多くの経済学者が好む表現として、偉大な経済学者であるアルフレッド・マーシャルのつぎの言葉があります。

「冷静な頭脳と温かい心(cool head, warm heart)」

今回のような問題では、まさに、「冷たいと非難されそうなぐらい冷静な論理」をきちんと示したうえで、「温かい心」で解決を考えるという姿勢が求められます。

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2008年12月 5日 (金)

『スタバではグランデを買え!』の当初原稿にあった「練習問題」を一部紹介します(その1)

昨年9月に出版した『スタバではグランデを買え!』の各章末には、もともと、読者に考えてもらうための練習問題をつけてあったのですが、ページ数が多すぎたため、すべて削りました。

ここで、その練習問題の一部を紹介します。

興味がある方は、ぜひ考えてみてください。各問についてのご意見やご質問は、このブログにコメントをつけるかたちでお送りいただければ、このブログでお答えします(申し訳ありませんが、メールでお寄せいただいても、お返事しないとお考えください)。

[1]あるスーパーで、あるブランドのビールの500ml缶(6本入り)が安売りされた日のことです。同じブランドの350ml缶(6本入り)は値下げされませんでした。500ml缶は350ml缶より安い価格にまで値下げされたため、その日に限っては、サイズの小さい350ml缶のほうが価格が高いという状況で、しかし両方が同時に売られていたそうです(その店でアルバイトをしていた学生から聞きました)。まったく同じブランドのビールでの話です。

ビールを冷やして陳列しておく棚の一番目立つ場所に、その日の安売り商品になった500ml缶が置いてあり、350ml缶は少し離れた位置に置いてあったのですが、両者の価格を比べれば、誰も350ml缶のほうを買わないように思われます。この場合、スーパーの価格設定は合理的でしょうか。あるいは、スーパーが合理的に価格設定をしているとすれば、500ml缶のほうが安いのはなぜでしょうか。理由を考えてみてください。

[2]2006年12月に東京・中野にできた生鮮100円コンビニ「ショップ99」の開店セールでは、同じ99円で「丸ごとのキャベツ」より「半分のキャベツ」のほうがよく売れたそうです(2007年1月8日の日本経済新聞)。その理由を考えてください。

[3]とある田舎の村に、1軒の駄菓子屋があり、その店では缶コーヒーが100円で売っています。ホットもアイスも店先で売っており、いつ行っても混んでなどいませんから、すぐに買えます。ところが、店の横に自動販売機があり、まったく同じ缶コーヒーが120円で売っているとします。

誰もが、店内では100円で売っていると知っていますし、買う際の手間や時間もほとんど変わりませんから、店が開いている平日の昼間は、誰も自動販売機では買いません。しかし、店が閉まっている夜間・早朝・土日は、自動販売機の缶コーヒーがそれなりに売れます。

平日の昼間だけをみると、同じ缶コーヒーがちがう価格で並んで売られていることになります。何らかの取引コストが存在するために、そのような現象が起きているのですが、それはどのようなコストでしょうか。考えてみてください。

《ヒント》お店の経営者とは別の人が自動販売機を設置していると想定してみましょう。その人は夜間などに120円で売れることに満足しているものの、本当は、平日の昼間には横の店に対抗できる価格で売りたいと思っているはずだとすると……。

[4]A社が売り出した商品がヒットしたあとで、ライバルのB社が同じような商品を、商品名やパッケージもかなりA社の商品に似せて売り出すことがあります。もしB社が無名の企業であれば、先行するA社の商品の知名度を利用しようとしているだけだと感じられます。

しかし、B社がその分野ではすでに有名で、ブランドイメージも大切にしている企業であったとすると、そのような戦略の背景には、自社製品に対する強い自信があると思われます。なぜでしょうか。また、あなたが買い物をするときに、これに相当する事例を探してみてください。

[5]花子さんは、自分が持っているデジカメはかなり古くなっており、最新機種と比べて機能がかなり劣っていると感じています。だから買い替えたいと思いつつ、なかなか買い替える踏ん切りがつかなかったのですが、海外旅行に行く直前になって、やっとデジカメを買い替えたとします。

この買い替え行動の長所と短所は何でしょうか。

[6]筆者が実際に、家電量販店のチラシにあった洗濯機(大手メーカー製の売れ筋商品)を売場に見に行ったところ、チラシにあった価格より6千円近く安くなっていて、11万2千円でした。それは最大8kgの容量まで洗濯できる機種でしたが、まったく同じ大きさ・デザイン・機能で、洗濯物の最大容量だけが7kgと少し小さくなっている機種も隣に並んでいました。

ところが、容量が小さいほう、つまり7kgタイプの価格は、なぜか8kgタイプより6千円も高く、11万8千円でした。外形の大きさはまったく同じですから、7kgしか洗濯できないものよりも、8kgまで洗濯できるほうが明らかに便利です。それなのに、7kgタイプより8kgタイプのほうがかなり安いのです。

(a)このような価格の逆転現象が起きるのはなぜでしょうか。

(b)しばらく使ってから中古品として売る(下取りしてもらう)場合、7kgタイプと8kgタイプの価格差はどうなっていると予想されるでしょうか。

(c)2つのタイプを並べて売っていれば、7kgタイプを買う客はほとんどいないと思われます。ではなぜ、筆者が見に行った店では並べて売っていたのでしょうか。店側の立場で考えてみましょう。

[7]企業はいろいろな方法を駆使して、まったく同じ商品を、高く買ってくれそうな客には、できるだけ高く売り、安くないと買いそうにない客には、それなりに安く売ろうとします。これを「価格差別」と呼びます。

そのやり方を大きく2つに分けると…

(A)グループ別の価格差別:たとえば、客を2つのグループに分けて、価格の上下に反応して購入量が変動しやすいグループには、価格を下げて、たくさん売ろうとする。一方、価格の上下に対して購入量がさほど変動しないグループには、価格を上げて、より高く売ろうとする。

(B)自己選択型の価格差別:クーポン券を使う方法が典型的で、小さなクーポン券を配り、それを持ってきた客にだけ割引をする。安くないと買わないタイプの客は、きちんとクーポン券を持ってくるので、実際に割引の適用を受けて安く買う。他方、高くても買うタイプの客は、クーポン券を捨てたり忘れたりしやすいので、割引が適用されず、高く買いやすい。この方法だと、客自身の行動によって、自動的に価格差別ができる。企業側がグループ分けするのでなく、客自身に選択してもらうところがポイント。

さて、経済学の入門書などで、価格差別の例としてよく出てくるのは、パソコンのソフトウェアにおける学割です(アカデミック・ディスカウントなどと呼ばれています)。

多くの入門書には、ソフトウェアでの学割は「グループ別の価格差別」の例として登場します。学生のグループは、価格が安くなると、購入量が大きく反応して増えやすい一方で、社会人のグループは、相対的に価格に反応しにくく、高くても必要なら買う可能性が高い。だから企業としては、学生には安く、社会人には高く売ったほうが儲かるという説明です。

じつは私(吉本)は、この説明に不満です。ソフトウェアを販売している企業によっては、この論理で説明できそうな行動を取っている企業もなくはありません。しかし、マイクロソフトやジャストシステムなどの多くの企業は、確かに学割を用意して価格差別をしていますが、これとは別の考え方で説明すべき価格差別をしている、と考えています。

実際にソフトウェアを売っている店に行って、マイクロソフトやジャストシステムの製品を学生などが学割で買うところをみれば、この考え方だけでは説明できないことがわかるでしょう。そもそも、学校の先生(大学教員もふくむ)も学割の対象として安く(学生と同じ価格で)ソフトウェアを買うことができますが、「安くないと買わないグループ」に入るようには思えません。

あなたなら、ソフトウェアの学割について、どのような考え方で説明しますか。

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2008年11月19日 (水)

駒澤大学の資産運用損の報道をみて

この数年、年に数回(多いときは10回以上)、新聞・雑誌・テレビから金融商品(資産運用商品)に関する取材を受けます。それで、昨年春以降の1年半は、取材を受けるたびにほぼ毎回、取材対象となったものとは別に、つぎの2つもぜひ取り上げてほしいとお願いしてきました。

1.大学や地方自治体の外郭団体や地方の金融機関や病院や宗教団体などの間で蔓延している「危険なデリバティブ絡みの資産運用商品」

2.地方自治体(都道府県や政令指定都市など)に蔓延しつつある「危険なデリバティブ絡みの資金調達商品」

現実にはなかなか取り上げてもらえないで、日本の大手メディアにはこういった商品の問題をきちんと報じることができない、何らかの事情があると思っていました。

しかしついに、今日(20081119日)の朝日新聞の1面に、

「駒大、資産運用154億円損失」

と報じられました。

http://www.asahi.com/business/update/1119/TKY200811180350.html

しかし、この報道には書かれていない部分にも、大きな問題点があります。

第1に、大学による巨額の資産運用損ということなら、拙著『クルマは家電量販店で買え!』の「おわりに」でも少し紹介したように、慶應義塾大学が20083月末時点でもっと大きな損失を出しています。慶大は含み損が226億円ですから、単純な比較は少しおかしいのですが、単純に金額だけみると、駒大の154億円より大きい。

しかも、慶大の場合は、専門誌に「日経平均株価が1万5000円まで戻れば回復する」という関係者のコメントが紹介されたこともあって、株価がさらに暴落した現状と合わせて推察すると、2008年度は損失がもっと大幅な金額にまで拡大していると予想されます。

そして、慶大の損失金額(財務状況)は、他ならぬ慶大のホームページで公表されている資料に掲載されています。

それなのに、なぜか、専門家の間ではそれが話題になった今年の夏にも、慶大の巨額損失を記事にする新聞がなかった(9月末までに新聞記事データベースで調べてもみつかりませんでしたが、まちがいなら訂正します)。

また、駒大の場合は、朝日新聞の記事が出る前に、J-CASTニュースが取材をして記事にしていますが、その取材に対しては真実を知らせようとしなかったようです。

http://www.j-cast.com/2008/11/13030307.html

そもそも、同様の巨額損失を抱える大学は、日本中に山ほどある可能性が高いのです。ここでは大学名を挙げませんが、明らかに巨額損失を抱えているはずだと、私が推定している有名私立大学がいつくかあります。

つまり、大学側はもちろんのこと、日本の大手メディアも、この件を表面化させないようにしていると感じられます。

しかし、大学のデタラメな資産運用の問題は、水面下でかなり恐ろしいことになっているのが確実で、同じ問題は、地方銀行や信用金庫などでも起きています。地方自治体の外郭団体などでも、基金の大部分を事実上失ったところがいくつもあるはずです。

駒大の事例が表面化したのは、比較的単純な運用をしていたからではないかと思うのですが(まちがっていたらごめんなさい...)、他の多くの場合では、とても複雑な金融商品が売り込まれていたりします。その詳細について説明しようとすると、本を1冊書かないといけなくて、実際にそれを書いた拙著『金融商品にだまされるな!』(ダイヤモンド社、2007年)をお読みいただくしかないのですが、巧妙に損失を先送りできるような金融商品が売り込まれています。

今回の駒大の報道をきっかけに、ぜひとも、日本中に蔓延するデリバティブ絡みの金融商品の問題点が、もっともっと明らかになることを祈っています。

......本気で祈っています。どれくらい本気かというと、切羽詰まった原稿の執筆を中断してブログを書いているほどですから。

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2008年11月 9日 (日)

2冊の『価格と生活の経済学』の中で、「議論のきっかけになってほしい」と願って書いた内容について(その1)子供の医療費の無料化

拙著の内容について、個人のブログなどもふくめて、あちこちで取り上げていただき、少しでも多くの人がその題材について考えるきっかけになってくれると、著者としてとてもうれしく感じることがあります。

意外な取り上げられ方をして、正直なところ、苦笑いするしかないこともありますが……

副題が『価格と生活の経済学』になっている2冊の本のうち、まずは『スタバではグランデを買え!』で特に話題にされた話から。

●子供の医療費の無料化について

この本は出版までに紆余曲折があって、一度完全に書き上げた状態でダイヤモンド社に持ち込み、ページ数を3分の1ほど削ったうえでの出版となりました。それで、子供の医療費の話も一部削ったところがあります。それをここで補足しておきます。

特に、地方自治体ごとに対応が分かれていることが問題ではないかと、私は考えています。

たとえば、小さな子供がいる家族が、お父さんの転勤で東京に移り住むとします。どの区が子育てのコストが安いかを調べて、子育て支援が多い区で家を借りる。よくあることです。

ところで、子育て支援が充実した地方自治体は、子育て家庭にどんどんおカネを注ぎ込むわけですが、それを狙って転居してきた人たちは、地方自治体の財政からみれば、子育て支援の「食い逃げ」をおこなうことが多いでしょう。

子供が小さい時期だけそういった地域に住み、いろいろな手当を受け取り、子供向けの医療サービスなどを無料で受けたうえで、子供が大きくなるころには、またどこかに移り住むといった行動パターンが合理的だからです。

でも、もともと、政府が「子育て支援をすべきだ」っていう話は、少子・高齢化の対策として出てきていて、地方財政上の論理としては、「いま子育て支援をしておけば、その子たちが大きくなってからその地域の財政や経済を支えてくれる」といった期待があるはずです。

ところが、そうはならない。賢い親たちは、子供が小さいときだけ、支援を受けにやってきて、子供が大きくなって負担を背負わされそうになったら、外に出て行く可能性が高い。

そういう行動を取るのは、子を思う親としては当然で、親が悪いのではなく、制度のデザインが悪い。

いまの日本での子供の医療費の無料化の動きには、『スタバではグランデを買え!』に書いた問題点だけでなく、上述の問題点もある。だから、地方自治体が子供の医療費の無料化を競うことには賛成できない。これが私の考えです。

ご意見があれば、ぜひお寄せください。

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